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里見公園新聞

里見公園新聞 第81号 2012年4月24日  発行:木ノ内博道

案内板に間違いが
 5年ほど前だったか、公園の案内板に「里見八景園」のことがまったく触れられていないので、「少しは触れたらどう」と市に話したことがある。
 最近久々に「国府台城跡」の掲示板を読んでみたら、最後に付け足したようにそのことが書いてあった。ところが残念なことに記載が間違っているのだ。
写真では読むことはできないと思うが、最後の文章に「この地はその後、里見八景園と言う遊園地の敷地となり、その後は陸軍軍用地となり、終戦を迎えている」。
 そうではなくて、里見八景園があったのは公園の奥の方である。その土地は総寧寺のもので、八景園が出来る前の大正初期からそこを里見公園と呼んでいた。いつからそう呼ばれていたかは不明で、少なくとも大正半ばには里見公園と言う呼称がでてくる。現在の、近代公園として整備されている部分はもともと陸軍の用地で、陸軍病院があった。
教育委員会ももう少し郷土に愛情をもって案内板を作ってほしいものである。


昭和22年の里見公園

昭和38年の里見公園

昭和22年・38年の里見公園写真
 グーグルマップには東京エリアだけ昭和22年、昭和38年の航空写真がアップされている。誰がどのようにして撮ったのかは分からないが、どうしても里見公園が気になる。
 東京エリアのはずれに、かろうじて紹介されているので、ここに取り込むことにする。というのも、いつなくなってしまうか心配だからである。
 昭和22年の写真ではまだ公園内に病院の建物が写っている。昭和38年写真では今のような近代公園に変わっている。
 昭和22年の写真では医科歯科大学のグランドにまだ旧陸軍のものと思われる建物が残っている。

野生のチャボ、その他生き物
 里見公園の管理事務所がある辺りには野良猫が数匹、裏門の方には野生のチャボが4〜5羽いる。夕方になると高く飛んで木の上で眠る。
 以前、国立国府台病院の方で見かけたタヌキが、最近は病院の立て直しで落ち着けないのか、公園周辺にいる。子だぬきが4匹ほどいて、意外に人に慣れている。我が家の庭でも2度ほど見たことがある。
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